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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)64号 判決

控訴人(被告) 芝税務署長

訴訟代理人 森脇勝 外三名

被控訴人(原告) 株式会社小林商店

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において乙第八乃至第一三号証を提出し、被控訴代理人において右各乙号証の成立を認めると述べたことを付加するほかは、原判決の事実摘示と同一である。

理由

一、被控訴会社は食肉販売を目的とする株式会社であるが、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日迄の事業年度(本件事業年度)の法人税につき、課税所得金額を金一〇〇万一、九八五円、税額を金二四万七、五八〇円とする旨の確定申告をしたところ、控訴人は昭和四三年六月二九日付で、賃借料否認金七万九、〇〇〇円、権利金償却否認金一万二、〇〇〇円、海外渡航費否認金四万三、五〇〇円、前代表取締役小林虎吉に対する退職金否認金一七〇万円及び訴外東京食肉市場株式会社に対する営業権譲渡収入計上洩金六〇〇万円、以上合計金七八三万四、五〇〇円から法人税引当金より支出した事業税金二万九、三二〇円を控除した金七八〇万五、一八〇円を加算して課税所得金額を金八八〇万七、一六五円、税額を金二八八万九、二〇〇円とする旨の更正処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二、ところで、被控訴会社は、控訴人がなした右更正処分のうち、退職金一七〇万円の否認及び営業権譲渡収入計上洩金六〇〇万円の認定はいずれも違法である旨主張するので、以下この点について検討する。

(一)  退職金一七〇万円の損金算入否認の適否について

被控訴会社の代表取締役であつた訴外小林虎吉が昭和四一年九月一三日訴外東京食肉市場株式会社の常務取締役に就任したのに伴い被控訴会社を退職することとなり、被控訴会社は同人に役員退職金として退職時の給与月額金一八万円に勤続年数一二年五月の年数と役員功績倍率三・〇を乗じて得た金六五〇万円を支給することを決め、その支払の確定した本件事業年度の確定決算において右金六五〇万円を損金に算入し、その旨の確定申告をしたところ、控訴人において、役員功績倍率は二・一倍が相当であり、これによつて算定した金四八〇万円を越える金一七〇万円は過大退職金であるとし、法人税法第三六条及び同法施行令第七二条に基き、右金一七〇万円の損金算入を否認したものであることは当事者間に争いがない。

そこで、控訴人がなした右退職金額の相当性の判断の適否について検討するに、成立に争いのない乙第三号証の一乃至四及び第五号証の一乃至五並びに原審証人小沢薫及び同小林伴由の各証言によれば、訴外小林虎吉の被控訴会社退職の事由が訴外東京食肉市場株式会社の常務取締役に就任したためのものであることにかんがみ、控訴人は、当時被控訴会社と同業種の食肉卸売業を営んでいた会社で、その代表取締役が右訴外会社の役員に就任したために退職し、役員退職金が支払われた事例を、被控訴会社を含めて一二例集め、これらの会社につき昭和四一事業年度以前の五事業年度における平均売上金額、同課税標準所得金額及び同利益積立金増加金額を調査し、これに基き業績の良い順に上、中、下の三グループに区分したところ、原判決別表(一)記載のとおりとなり、被控訴会社は中のグループに入つたので、同グループに所属する同表(一)記載のE、F、G、H社(但しG社は被控訴会社)のうち、退職金算定の基準となる役員功績倍率が異常に低率(一・四倍)であるE社を除外し、これにかえて上のグループに所属するD社を加え、そのうち被控訴会社を除いた三社につき退職役員に支給した退職金の額と従業員に対する退職金支給算式(退職時の給与月額×勤務年数)によつて算定した退職金の額とを比較し、前者の後者に対する倍率(役員功績倍率)を計算したところ、平均約二・一倍となつたので、右二・一倍をもつて適正な役員功績倍率であると認定し、被控訴会社が適用した前記役員功績倍率は過大であるとし、右平均倍率によつて算定した金四八〇万円をもつて前記小林虎吉に対する退職金として相当な額であると認定したものであることが認められる。

ところで、被控訴会社は、控訴人が本件役員退職金額の相当性を判断するに当り、従業員に対する退職金支給算式によつて計算した退職金額を参酌したことは適切でないのみならず、原判決別表(二)記載のB社の給与月額一五万四、〇〇〇円に対する適正退職金額一、六〇〇万円、D社の給与月額一七万五、〇〇〇円に対する適正退職金額六〇〇万円、K社の給与月額六万円に対する適正退職金額三四〇万円等と比較すれば、小林虎吉に対する適正退職金額を金四八〇万円と認定することは著しく不均衡であり、同人の被控訴会社に対する特別の貢献度を考慮すれば、同人に対する役員退職金六五〇万円は相当な額である旨主張する。

しかしながら、法人税法第三六条及び同法施行令第七二条において、役員に対する退職金の額が当該役員の業務従事期間、退職事情、同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員退職金支給状況等に照らし、相当であると認める金額を越える場合にはその越える部分について損金に算入しない旨を定めた理由は、役員に対する退職金が従業員に対する退職金と異り、益金処分たる性質を含んでいることにかんがみ、右基準に照らし一般に相当と認められる金額に限り収益を得るために必要な経費として損金算入を認め、右金額を越える部分は益金処分として損金算入を認めなかつた趣旨に解されるところ、控訴人が本件退職金額の相当性を判断するに当り、前記のとおり被控訴会社と同一事情によつて役員退職金を支給した同業種の会社のうちから被控訴会社と同程度の事業規模を有するD、F、H社を選び、右各社の退職役員の退職時における給与月額及び業務従事期間によつて従業員退職金支給算式による退職金額に対する役員功績倍率を算定し、その平均倍率をもつて本件退職金額の相当性を判断する基準としたことは、過大役員退職金の損金不算入を定めた前記法令の趣旨に合致する合理的なものというべきであり、被控訴会社が主張するごとく、本件退職金額と原判決別表(二)記載のB、D、K社等の退職金額とを単に退職役員の給与月額のみを参酌して比較するということは、会社の事業規模や退職役員の業務従事期間等の相違を無視することとなり、相当ではないというべきである。また成立に争いのない甲第三号証及び原審証人小林虎吉の証言によれば、小林虎吉は昭和二九年四月それ迄個人で営んでいた食肉卸売業につき被控訴会社を設立して右営業を承継せしめ、その代表取締役に就任し、昭和四一年九月退職する迄一二年五月にわたり被控訴会社を経営し、その間食肉小売業をも営業種目に加えて新たな店舗をもうけるなど、被控訴会社のために功績をあげてきたことは認められるが、前掲D、F、H社においてもそれぞれ右に類似し、あるいは匹敵する事情があり得るわけであるから、右の点を考慮に容れても、被控訴会社の同人に対する退職金額の算定に適用すべき役員功績倍率が右D、F、H社のそれに比して著しく大であると判断すべき理由とするに足りないものといわなければならない。

従つて、控訴人が被控訴会社に対し、本件退職金六五〇万円のうち、金一七〇万円について損金算入を否認したことは相当であつてなにら違法な点はなく、この点に関する被控訴会社の主張は失当たるを免れない。

(二)  営業権譲渡収入計上洩金六〇〇万円の認定の適否について

被控訴会社が昭和四一年一二月一三日前記東京食肉市場株式会社に対し、芝浦屠場における食肉卸売営業権を代金一、八五一万四、五〇〇円で譲渡し、内金九五一万四、五〇〇円を同年同月一六日受領し、残額につき昭和四二年から昭和四四年迄毎年四月一日金三〇〇万円ずつ分割して支払を受ける旨の延払条件付譲渡契約を締結したこと、被控訴会社が本件事業年度の確定決算において昭和四一年一二月一六日支払を受けた金九五一万四、五〇〇円及び昭和四二年四月一日に支払を受けるべき金三〇〇万円の合計金一、二五一万四、五〇〇円を右事業年度における営業権譲渡の収入金として計上し、その旨の確定申告をしたこと並びに控訴人が、被控訴会社の右確定決算における営業権譲渡収入金の経理が法人税法第六三条第一項及び同法施行令第一二四条(以下法人税法というときは昭和四二年法律第二一号による改正前の同法をいい、同法施行令というときは同年政令第一〇六号による改正前の同法施行令をいう)が定める延払基準の方法によらず、かつ右確定申告書に同法第六三条第二項及び同法施行令第一二七条が規定する明細の記載を欠いていることを理由とし、同法第六三条第一項但書及び同法施行令第一二五条の規定により被控訴会社がなした延払の経理を否認し、右営業権譲渡代金一、八五一万四、五〇〇円全額を本件事業年度の益金に算入すべきものとし、確定申告には未収残金六〇〇万円の計上洩がある旨認定したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第六号証及び第八号証並びに原審証人小沢薫及び同小林伴由の各証言によれば、被控訴会社は本件事業年度の確定決算において、前記営業権譲渡代金の収入につき、損益計算書の営業外収益の項に雑収入として金一、二五七万九、二四〇円(但し前記金一、二五一万四、五〇〇円との差額の内容は明らかではない)、貸借対照表の流動資産の項に未収入金として金三九二万円を各計上し、右未収入金の内訳として附属明細書に東京食肉市場金三〇〇万円と表示していること並びに右事業年度の確定申告書に延払条件に関する明細の記載をしなかつたことにつき、昭和四二年一〇月七日付で控訴人宛に上申書(乙第六号証)を提出し、東京食肉市場株式会社より法人税法上延払条件付譲渡による取扱を受けるために必要な事項を記載した書面の提示を受けたが、それには確定申告書に明細の記載を要する旨の項目が記載されていなかつたので、確定申告書に明細の記載をすることを失念したものであり、明細の記載を欠いたことにつきやむを得ない事情があるから、同法第六三条第三項を適用して被控訴会社の延払経理を認められたい旨を申出たことが認められる。

ところで、法人税法上課税標準所得金額の算定基準となるべき総益金及び総損金の概念については、いわゆる発生主義(権利確定主義)によるものと解せられ、これによれば、資産の譲渡代金は、原則として、右資産が確定的に相手方に移転する時点において代金債権も確定し、その事業年度の収益及び費用の額に算入されることとなるが、同法第六三条第四項及び同法施行令第一二六条の要件をみたす資産の延払条件付譲渡においては、右原則を修正し、各賦払金の支払時期が到来した時に当該代金債権が確定するものとし、同法施行令第一二四条の定める延払基準の方法に従つて経理した収益及び費用の額を当該事業年度の収益及び費用の額に算入する旨の例外的取扱を認め、その手続上の要件として当該事業年度以後の各事業年度の確定決算において右延払基準の方法によつて経理し(同法第六三条第一項及び同法施行令第一二四条)、かつ当該事業年度の確定申告書に右延払基準の方法により経理した当該事業年度の金額及び右方法により経理すべき当該事業年度後の各事業年度の金額の合計額に関する明細の記載を要するものとし(同法第六三条第二項及び同法施行令第一二七条)、右延払基準の方法によつて経理しなかつた場合においては右取扱を認めず、その経理しなかつた決算に係る事業年度前の各事業年度の所得の金額の計算上益金の額及び損金の額に算入されるものを除いて全額をその経理しなかつた決算に係る事業年度の所得の金額の計算上益金の額及び損金の額に算入すべきものとされている(同法第六三条第一項但書及び同法施行令第一二五条)。そして、右各要件は、企業の恣意的経理による利益操作乃至法人税の逋脱を防止し、各納税義務者による租税の公正な分担をはかることを目的とするものであるから、その実体的要件はもとより、手続的要件に関しても、右各規定は効力規定であつて、みだりにこれをルーズに解することは許されないものというべきである(なお、昭和四二年度の税制改正により、右要件が一部緩和され、確定申告書に明細の記載をすることを要しなくなつたが、これにより右解釈が左右されるべきものではない)。

そして前記のとおり、被控訴会社は本件事業年度の確定決算において、漫然と、損益計算書に営業権譲渡による収入として同事業年度に支払を受けた金九五一万四、五〇〇円と翌昭和四二事業年度に支払を受けるべき金三〇〇万円の合計金一、二五一万四、五〇〇円を計上し、貸借対照表及びその附属明細書に未収入金として金三〇〇万円のみを表示し、法令の定める延払基準の方法によつて経理したものといえないことは明らかであり、右のうち昭和四二事業年度に支払を受けるべき金三〇〇万円の計上のみが違法で、本件事業年度に支払を受けた金九五一万四、五〇〇円については適法な延払基準の方法によつて経理されたものとして、右金三〇〇万円についてのみ否認すれば足りると解すべきものではない。また、前記上申書(乙第六号証)に記載されたような事情が仮にあつたとしても、これをもつて本件事業年度の確定申告書に明細の記載をしなかつたことにつきやむを得ない事情があつたものと認めることはできない。従つて控訴人が、被控訴会社の延払経理は前記手続的要件に欠けるものとしてこれを否認し、営業権譲渡代金一、八五一万四、五〇〇円全額を本件事業年度の益金に算入すべきものとし、確定申告には金六〇〇万円の計上洩があると認定したことは相当であつて、なにら違法な点はない。この点に関する被控訴会社の主張も失当である。

三、以上の次第で、被控訴会社が主張する本件更正処分取消請求の理由はいずれも失当であつて、右請求は棄却すべきものである。よつて、右と趣旨を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定によりこれを取消し、被控訴会社の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条及び第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平賀健太 石田実 安達昌彦)

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